9・11

おはようございます。
いい天気で連休のお出かけには最高の朝です。
片付け・掃除終わったんで、これアップしたら出かけようと思ってます。




ニュースでも伝えられてますけど、そういえば今日9月11日はあのニューヨーク同時多発テロから5年めの9・11なんですよね。
あちらとは日付がずれますから厳密には今日じゃないのかもしれませんが。
あれから5年、あのテロが与えた衝撃・波紋はいまだに世界各地でくすぶってますよね。
アメリカの力の象徴である貿易センタービルの崩壊はそれまでのさまざまな価値観の崩壊でもあった」
訳で、ある意味、あの‘一撃’でそれまで揺るがなかった
「安心感とか価値観とか信頼感なんていう漠然と当てにしていたものが全て‘混沌’の中に飲み込まれた」
ようなそんな気が今になってしますね。
「根拠なく信じていた秩序という拠り所はもろい砂の城だった」
ことに気づかされたような・・・。




日本人である私なんかは
「テロ!」
って言われると自国で起こったことな分
地下鉄サリン事件
の方が衝撃は大きかったし、印象に残ってますけど、でもやっぱりあの
「飛行機がビルに突っ込む」
「巨大なタワーが崩壊する瞬間」

はなんともいえない怖さ・寒さに襲われましたよね・・・。
「TVが中継する中で2機目がタワーに突っ込む瞬間」
はまさに
「テロの瞬間、多くの無辜の人命が無為に失われた瞬間を世界中の人々が目撃した」
ものでしたよね・・・。
あの現実を伝える映像がどうしても現実でないように思える、
あれが現実であって欲しくない!って気持ちがあえてそう思わせる、
そんな
「受け止めたくない事実に直面した時の渇いた非現実感」
みたいなものをあの瞬間に感じましたね。
あの瞬間を一緒に見ていた母親が
「あれ!?事故?」
って言った瞬間、心の中で
(おいおい!そんな訳あるかよ!事故でビルに2機も航空機が突っ込むなんてどんだけ天文学的な確率だよ!)
と思いつつ、平和ボケしてる日本人にとっては受け入れがたいし、受け入れたくない
「アンリアルなリアル」
だったんですよね。




でも多くの命が失われた事・今もその傷を抱えた人が大勢いると言う事実は変えようがない現実なんですよね・・・。
日本人の方も多く亡くなられましたよね・・・。
改めてご冥福をお祈りします・・・。




最後に、誰もが一度は思った事だと思うんですが、
「もしあのテロと同じやり方を日本国内でやられたらその時どうするのか?」
と・・・、あの
「ハイジャックした旅客機を乗客ごとテロの目標への攻撃に使用する」
と言うやり口はすごく乱暴かつ嫌な言い方するなら
「乗客を人質にして手出しを封じつつ、旅客機を即席のミサイルに仕立て上げる」
という愚劣なやり口ですよね。
仮にこういう事態が起こってテロが完遂されてしまえば、大勢の乗客とそして多くの人命が失われる事になるでしょう。
でさらに仮に国内でこういう事態が発生して、それが早い段階で露呈して航路予測から
「多くの乗客を乗せた旅客機が大勢の人が集まる場所を目標に向かっている」
とわかった時どうなるんでしょうか?
乗客を人質にされて手が出せないのか、それとも更なる大きな被害を未然に防ぐためにあえて犠牲にするのか・・・。
アメリカの場合もハイジャックされて墜落した旅客機の内何便かは
アメリカ軍自身の手による撃墜」
という説が言われてますが(真偽はいまだに闇の中ですが)、
もし日本でも同じ事態に直面した時、どう対応するのか・・・。
まさかなんでもアメリカに追従・お願いなんてつもりで
「米軍機に撃墜させる」
なんてことしやしないでしょうね。
まるで物語りや漫画にあるような
「大きな被害を防ぐために少数を犠牲にしなければならない究極の選択、しかも限られた時間内での決断を強いる」
それこそがこのハイジャックテロの本当に怖くて悪辣で愚劣で卑怯なところなのではないでしょうか?
もし自分がこの選択を突きつけられたとしたら、答えは出せそうもないですけど・・・。




すいません、なんか嫌な内容で。不適切な表現で気分を悪くされた方すいません。
でもあのシーン思い出すたび考えずにいられないんですよね、こういうこと・・・。
それではここらで、コンゴトモヨロシク・・・。